荻野真 『孔雀王』の原点となった「憎しみ」と「宗教への理解」   幼少期の極貧生活で 母親は宗教狂い

 荻野真氏 生活はどのようなものだったのでしょうか 

漫画家・荻野真氏(代表作:『孔雀王』など)が『孔雀王 曲神紀』の単行本あとがき等で明かしたご自身の生い立ちやご家族、特に母親と宗教にまつわるエピソードです


荻野先生の幼少期から青年期にかけての生活は、非常に壮絶で、後の『孔雀王』という宗教や呪術をテーマにした大ヒット作の原点とも言える環境でした。公表されているエピソードやあとがき等で語られた内容をベースに、その生活や背景をご紹介します。


幼少期の極貧生活と父親の急逝

荻野先生がまだ幼い頃に父親が急逝し、母親は若くして未亡人となりました。子供2人(荻野先生と弟)を抱えた母子家庭の生活は、想像を絶する極貧だったと語られています。

母親は昼夜を問わず働きに出るものの生活は苦しく、幼い兄弟はひもじい思いをすることが日常茶飯事でした。この「常に死や飢えが隣り合わせにあるような過酷な現実」が、少年時代の荻野氏の精神形成に大きな影響を与えました。


母親の宗教への傾倒


精神的にも経済的にも極限状態に追い詰められた母親が、救いを求めたのが「新興宗教」でした。

あとがき等でも触れられてい

ますが、母親は複数の宗教を渡り歩くほど深くのめり込んでいきました。家の中には独特の祭壇や宗教的なアイテムが並び、日常の会話や生活のルールもその宗教の教えに支配されるようになっていきます。



子供たちもその信仰に巻き込まれる形になり、荻野先生にとっては以下のような奇妙で歪な日常が当たり前になっていきました。


日常に溶け込む「呪術」と「祈り」

 病気をすれば病院ではなく祈祷で治そうとされる、何か悪いことが起きれば「霊の仕業」とされるなど、オカルトや宗教的な世界観が「日常のリアルな生活」として存在していました。


家庭内の狂気と恐怖


母親の熱狂的な信仰心は、時に子供たちにとって精神的な恐怖やプレッシャーとなりました。家の中が新興宗教独特の特異な熱気に包まれる中、荻野先生は「この狂気からどうやって生き延びるか」を常に考えていたといいます。


『孔雀王』の原点となった「憎しみ」と「理解」


多くの人は、こうした環境で育つと宗教を完全に嫌悪するか、あるいは盲信するかのどちらかになりがちです。しかし、荻野先生の凄みは


「宗教を激しく憎み、同時に、なぜ人が宗教にすがるのかを誰よりも理解してしまった」点にあります。


神仏への怒りと探求


「本当に神仏がいるなら、なぜ自分たちはこんなに苦しいのか」「なぜ母は騙されるのか」という激しい怒りと疑問が、宗教の本質(密教、神道、キリスト教、オカルトなど)を徹底的に勉強する原動力になりました。


母親への複雑な感情


宗教にのめり込む母親を冷めた目で見つつも、そうせざるを得なかった母親の弱さや孤独、哀しみを誰よりも近くで見つめていました。


漫画家としての昇華

名古屋大学理学部(中退)へ進学するなど高い知性を持っていた荻野先生は

内に秘めた膨大な宗教知識と、実体験としての「宗教の恐怖と魅力」をエンターテインメントへと昇華させます。


そうして生まれたのが『孔雀王』でした。


作中で描かれる、禍々しい呪術のリアルな恐怖感や、神仏の力を借りながらもどこか孤独で哀愁を帯びたキャラクターたちの心理描写は、すべて


「あの頃、宗教に狂っていく母親と、それを見つめるしかなかった極貧の子供部屋」というリアルな体験の裏返しだったのです。


まとめとして

『孔雀王 曲神紀』などのあとがきで語られるエピソードは


単なる破天荒な昔話ではなく、一人の少年が狂気と極貧の中から生き残り

自らのペンでそのトラウマを最高のエンターテインメントへと変えてみせた

執念とも言える作家性の証明でもあります。


2019年に59歳で急逝されましたが、彼が遺した作品の生々しい熱量は

この凄絶な生い立ちがあったからこそ世に放たれたものでした。




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