大乗仏教、禅、ゾクチェン  現実は一つで不可分

 非二元(advaita, not-two)はインド思想で「主客の分離を否定し、統一的な覚知を顕わにする」概念です。


大乗仏教、禅、ゾクチェンなども

「現実は一つで不可分」と直接指し示すアプローチを持ちます。  


非想非非想処では思考も感覚もほとんど止むので、「二元が消えた」ように感じます。


ただ仏教の非二元は「何も感じない」ではなく、「感じながらもそれが自他に分かれていないと知る」透明な覚知とされます。


研究者はこれを「概念的でない、自己照明的な気づき」と定義し、内容の極小化とは区別しています。  


体感の静けさは似ていても、方向が違います


•  非想非非想処

知覚を薄めて存在の最果てに留まる


•  仏教的非二元

知覚は働いたまま、それを所有する自己がいないと見抜く


大乗では「涅槃という特別な境地が実在する」という考えを排し、日常の生死の中にその実現を目指す「生死即涅槃」の方向が出てきます。


唯識や天台は「無住処涅槃」など、悟った後も世間に留まって働く形の涅槃を説く。これは煩悩を根絶やしにして世界から退場するのではなく、煩悩に縛られずに世界で機能するイメージです。


空海の「即身成仏」も同じ流れで、「何度も生まれ変わらないと無理」という前提をひっくり返し、この身このままでの変容を説きました。

現代の実践者も似た語り方をします。


上座系のギル・フロンズダルは涅槃を


「冷たい池に浸かること」に例え、一瞬の浸かりでも心が少し冷える、その体験を重ねることで執着がほどけていく、と説明します。


完全な無余涅槃を今生で保証する話ではなく、「火が消える瞬間」を知ることが道だ、という立場です。







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